ストーリー(アメリカ編?)

アリゾナでの生活が始まった。
僕は、ラスベガスで約一週間、カーニーとして過ごしたものの、まだ新たな職場への不安を拭いきれていなかった。
何しろ、お世辞にも、健全な人間の集まる場所ではないからだ。
ミニバスケットで働く同僚たちとは、なんとかやっていけそうだが、その他のカーニーたちについては、まるでわからない。
休憩の際にカーニバルの中を歩いていると、やたらとジロジロ見られる。
時折、メキシコ系のカーニーから、何やらスペイン語で野次が飛ぶ。
何を言っているかは理解できなかったけれど、むしろわからなくてよかった。
カーニバルには、多くの従業員がいる。ざっと見て、数百人はいると思う。
だけど、その中には、日本人はおろか、アジア系の人間は、一人もいなかった。
日本にいたときは、誰かと群れることなんて、どうでもよかったけれど、異人種の中にポンと放り込まれた自分は、驚くほど臆病だった。
何しろ、アメリカの刑務所映画に出てくるような連中がうようよいる。
いかついスキンヘッドや、不気味な笑いを浮かべる軍隊上がり、じーっとこちらに意味あり気な視線を投げかけるピアス野郎。
「ショーシャンクの空に」みたいに、ホラれそうになってはたまらない。
とにかく、早く自分の仲間を固めなければ、それが本音だった。
僕は、他のカーニーと同様、バンクハウスというトレーラーの一部屋を借りることになった。
カーニバルの裏の敷地には、広大な空き地のような駐車場が広がっていて、そこに、数十のトレーラーが並んでいた。
トラックで牽引されてきたこれらのトレーラーは、巨大な直方体のコンテナで、両側面にドアがずらりと並んでいる。
その各々が小さな部屋になっていた。
中には、夜行列車の寝台にあるようなベッドと、それと同様の着替えスペースがあるだけだ。
自分が、巨大なトレーラー群の中の一コマであることを痛感させられる。
まるで、巨大な巣に依存する働きバチだ。
でも、よく考えれば、タダで寝場所を提供してもらってるだけ有り難いのかもしれない。
仕事までの交通費もかからないし、目的通り、旅の資金を貯めるには、好都合だ。
僕が、給料から、住居代として月200ドルが引かれているのを知ったのは、ずいぶん後のことだった。
カーニーのほとんどは、僕と同様にバンクハウスに住み込みで働いていた。
彼らの大半は、家を持たない。
何しろ、一ヵ月おきに違う州へ移動するため、仮にアパートを借りても、ほとんど家には帰れないからだ。
金を持ってるカーニーは、キャンピングカーを買って、カーニバルと共にアメリカ中を移動する。
ちなみに、カーニバルは、3月から11月までがシーズンなので、みな12月から2月まではバカンスだ。
日本では考えられないライフスタイルだけど、カーニーは、冬は全く働かなくていいようだ。
こんな生き方をずっとしていたら、常に何かに追われ、ローンを払い終えるために日々を浪費する都会の生活が、馬鹿らしくなってしまうだろうと思った。
「おいトウキョウ、仕事行くぞ」
僕の教育係は、ショーティーだった。
カーニバルのユニフォームである、赤いポロシャツ、Dickiesのハーフパンツ、群青のエプロンを腰に巻いて持ち場に立つ。
「いいか、ゲームのルールは簡単だ。一ゲームは二ドルで、手持ちのボールは二つだ。二回ボールを放って、両方決まった場合だけ客の勝ちだ。つまり、一回目のシュートを決めても、二回目のシュートを外せばもちろん駄目だし、その逆も然りだ。とにかくたくさん客にゲームをさせろよ。じゃないと、金にならないからな」
僕は、ショーティーの説明にうなずきながらも、客を呼び込むくらい余裕だろうと、タカをくくっていた。
ラスベガスでもすぐに仕事を覚えたし、仕事を舐めていたのだ。
こんなちっちゃなオヤジに教えられなくても、客くらい取れるだろう。
だが、僕の目論見は見事に外れた。
何しろ、英語でなんて話しかければいいかさえ、わからなかったのだ。
通り過ぎる客に、ひきつった顔で「ハーイ」なんて言ったりするものの、まるで相手にされない。
これじゃ、校門の前に立っている挨拶のおばはんと同じだ。
「バカ、何やってんだおれは。早く、声をかけなければ」
なんとか自分に喝を入れ、ジョイントの前を通った若者グループに声をかけた。
僕より幾らか若い、高校生グループだろうか。
「ちょっと、すいません。バスケットボール、やらないっすか?」
若者のうち一人が、ちらりとこちらを見る。
「おいおい、チャイニーズのカーニーが何か言ってるよ。李(リー)さん、おれら中国語わかんねーよ」
彼らは生意気な笑い声を立て、通り過ぎて行った。
――ぐぅ。こいつら。せっかく楽しいバスケットボールに誘ってやったのに。
それに、おれは李(リー)さんではない。
意気消沈した僕を見て、隣にいるショーティーが笑った。
「おーい、トウキョウ。一回断られたくらいで、へこたれちゃったのか」
結局、この日は、ロクに客を取れなかった。みっともなくて仕方なかった。
『ゲーム』では、『フード』のような仕事と違って、客から集めた金が『数字』としてモロに出る。
初日の結果は、ジェフ、ショーティー、ニックは五~六〇〇ドル、エディは四〇〇ドル前後、僕はと言えば、一八〇ドル前後だった。
このうちの二割が手取りだ。
炎天下に、十二時間立ちっぱなしで、三十六ドル。
時給にすれば、三ドル程度だ。
ニックが笑った。
「おまえ、馬鹿のエディより稼げないなんて、ほんと使えねーな」
年下のニックが憎たらしかったが、僕は言い返す言葉が見つからなかった。
僕は、無意味に天狗になっていた自分を恥じた。
そして、次の日からショーティーの教えに忠実に従おうと、心に決めたのだった。

